◎現地からのメッセージ

: ハートニットプロジェクト

やじるし

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「スポーツデスク」の事務所でハートニットプロジェクトについて話す皆さん。左から代表の村上祐子さん、星野多美子さん、松ノ木和子さん。ここにはタグ付けや発送を手伝うボランティアさんが集う。こうした女性たちの善意が原動力となっている

「スポーツデスク」の事務所でハートニットプロジェクトについて話す皆さん。左から代表の村上祐子さん、星野多美子さん、松ノ木和子さん。ここにはタグ付けや発送を手伝うボランティアさんが集う。こうした女性たちの善意が原動力となっている

編んでいる人たちに笑顔が戻るその日まで

  • ハートニットプロジェクト
  • 代表 村上 祐子(むらかみ・ゆうこ)氏
  • 松ノ木 和子(まつのき・かずこ)氏  星野 多美子(ほしの・たみこ)氏

岩手県盛岡市を拠点に、被災地の女性たちが編んだニット製品を日本各地で販売している「ハートニットプロジェクト」。バザーの開催数は270回を超える。復興商品の範疇に留まらない完成度の高さに注目した企業とのコラボレーションもはじまった。女性ならではの柔らかなつながりで、毛糸を編む女性「アミマーさん」が自立する日を目指している。

避難所にそっと置いた編み物キット

「毛糸はこの事務所がいっぱいになるくらい集まりました」と発足当時を振り返る松ノ木さん

「毛糸はこの事務所がいっぱいになるくらい集まりました」と発足当時を振り返る松ノ木さん

盛岡市内でスキースクールの事務員をしている松ノ木和子さんは、震災直後から岩手県内陸部のスキー仲間とともに支援に動いた。「陸前高田の人たちが濡れた服のまま裸足で避難してきている」と聞き、居ても立ってもいられずメーリングリストやブログで呼びかけて物資を集め、沿岸部に運んだ。

混乱がやや収まると、次は被災された方々の「心」が心配になった。「日中、避難所を訪れると男性はガレキの処理などで出かけているけれど、女性にはすることがないように見えたのです」と松ノ木さん。あるとき、編み物が好きな人が「編んでいる最中はいろんなことを忘れて夢中になれる」と話しているのを聞き「編み物なら心が癒されるのではないか」と考えた。3月末にメーリングリストとブログで毛糸と編み針の提供を呼びかけると、翌日から続々とダンボールが到着。毛糸とともに「被災された人たちの力になりたい」という心も一緒に届いたと感じた。

編み図(編み物の設計図)と毛糸、編み針のセットを数百用意し、4月半ばから車に積んで沿岸部に運んだ。しかし、あまりの被害の大きさに「編み物をしてみませんか?」と呼びかけることすらためらわれた。全員に行き届く数がないと受け取れないと言われた避難所もあった。そこで最初はこっそり集会所などにセットを置いてきて、女性たちに「毛糸を置いてきたので、もしよかったらどうぞ」と言い残して去ったこともある。

手ごたえを感じたのは1枚の写真。大船渡市の被災者が、キットを使って編んだ作品をずらりと並べてその前で本人が微笑んでいる写真を送ってくれた。「やはり編み物は心に届く」と考え、「もっと多くの人にお渡ししよう」と活動を本格化する。

ベストなど身につけるものに加えて、ペットボトルホルダーを提案。避難所では飲み物をペットボトルで支給されることが多く、一口飲んで置いておくとすぐにどれが自分のものかわからなくなる。そんな声に応えた。5月を迎えるころには、女性たちの技術はぐんぐん上達。「じゃあ、編んだ作品を売ってみようか?」と提案する。実は、最初は自由に編んで楽しんでもらい、慣れてきたら作品を少し預かって販売できればと密かに考えていた。

「編み物をはじめて眠れるようになった」を心の支えに

「最初は数カ月のお手伝いと思っていたんですけど」と笑う村上さん(上)。「私たち、素人の集まりなのによく続いているね」と話す星野さん(下)

「最初は数カ月のお手伝いと思っていたんですけど」と笑う村上さん(上)。「私たち、素人の集まりなのによく続いているね」と話す星野さん(下)

「最初は数カ月のお手伝いと思っていたんですけど」と笑う村上さん(上)。「私たち、素人の集まりなのによく続いているね」と話す星野さん(下)

ゴルフ雑誌『Choice』に取り上げられた「ハートニットプロジェクト」の製品の数々(上)「いわて銀河100kmチャレンジマラソン」に寄贈した手編みのタスキ(下)。タスキは2011年以降、毎年欠かさず提供している

ゴルフ雑誌『Choice』に取り上げられた「ハートニットプロジェクト」の製品の数々(上)「いわて銀河100kmチャレンジマラソン」に寄贈した手編みのタスキ(下)。タスキは2011年以降、毎年欠かさず提供している

ゴルフ雑誌『Choice』に取り上げられた「ハートニットプロジェクト」の製品の数々(上)「いわて銀河100kmチャレンジマラソン」に寄贈した手編みのタスキ(下)。タスキは2011年以降、毎年欠かさず提供している

ニット製品を最初に売り出したのは、2011年6月に開かれた「いわて銀河100kmチャレンジマラソン」だ。スタート地点の北上総合運動公園北上陸上競技場とゴール地点の雫石総合運動公園の2カ所で販売。また、駅伝部門に出場する選手たちのタスキを100本以上編んで寄贈した。避難生活でストレスを感じる人も多かったが、「自分たちが編んだものがほかの人の役に立ち、感謝もされる」という経験が、ともすれば沈みがちな心を和らげた。

また、今の「ハートニットプロジェクト」の設立につながる出会いも生まれた。代表を務める村上祐子さんは自身で編み物教室を運営している。星野多美子さんは30年前から編み物を教わる一番弟子。村上さんと星野さんは雫石町のホテル・旅館に避難していた被災者を支援する中、毛糸も持参し編み物の手ほどきをしていた。共通の知人が村上さんと松ノ木さんを引き合わせ、ここから「ハートニットプロジェクト」がスタートする。

村上さんは「こんなに長く、そして深く関わることになるとは思っていませんでした」と笑う。仮設住宅の入居がはじまる2011年8月が1つの区切りになると思っていたからだ。その予想に反して「沿岸部に戻っても編み物を続けたい」との声が多く寄せられた。

編み物教室を運営しつつ、沿岸部を訪れたり、新たな製品を考案する村上さんと星野さん。仕事の合間を縫って、バザーの準備や支援の呼びかけに奔走する松ノ木さん。目の回るような忙しさだが、「編み物をはじめてから、夜ぐっすり眠れるようになったのよ」という陸前高田市の女性の言葉が支えになっている。

編み物は手仕事なので、製品を大量につくることが簡単にできるものではない。アミマーさんが得られる収入はお小遣い程度だ。それでも「編み物をすることで不安な気持ちが癒されるのならば支え続けよう」と村上さんたちは覚悟を決めた。今も月に1回、指導のため沿岸部を訪れている。

「自立」目指すも初心忘れず

特筆すべきは、売れようが売れまいがアミマーさんが編んだ製品すべてにニットフィー(編み賃)を支払っていること。しかも、ニットフィーは売値100%だ。ペットボトルホルダーは1個600円、3個つくっても1800円。そこから運営費などを差し引いたらアミマーさんの手元にはいくらも残らない。だから、つくった分すべてを支払う。被災地に行くための交通費やバザーなどのチラシ代、出来上がった製品の運賃などはすべて事務局で工面しなければならない。

それを支えるのは、文字通り手弁当で参加するボランティア。定期的に自身の作品を無償提供する人もおり、この売上げが運営費に充当される。盛岡駅近くの事務所には、次の電車までの時間に、「今少し空き時間だから」と作品の袋詰めや値札付け、販売会への発送などを担うボランティアが訪れる。また、全国各地で行うバザーを家族ぐるみでサポートする人もいる。ホームページを見た人、偶然販売会に立ち寄った人が自ら次の販売会を開催する場合もある。支援で送られてくる毛糸は震災から3年が過ぎた今もやむことはない。「少しでも役に立つなら、と進んでお手伝いしてくれる人がたくさんいるんですよ」と松ノ木さん。これまでの総売上高はおよそ2,700万円。収益はすべてアミマーさんに渡されている。

もちろん、製品の出来栄えのチェックも欠かさない。ハートニット製品として販売できないものは編み直ししてもらい、製品の質を維持している。その成果か、最近ではデザインと仕上がりに着目した企業から声がかかるようになってきた。ゴルフ雑誌『Choice』は「ハートニットプロジェクト」の製品を毎号取り上げてくれている。伝統ある信楽焼のギャラリーには信楽風のたぬき、地元の人気アイスクリーム店にはアイスクリームのストラップを納めている。

なによりもうれしいのは、「ハートニットプロジェクト」から独り立ちしたアミマーさんが現れたこと。岩手ではおなじみのわんこそばといわて漆器をかけ合わせたキャラクター「そばっち」を手がける大船渡市のあるアミマーさんは、販売に協力してくれている老舗のわんこそば屋さんと直接やりとりをしている。

「ハートニットプロジェクト」が目指すのは、アミマーさんが自ら商品を開発、販売して自立できるようにすること。そのために作品を常設販売してくれる場所をさがしている。

とはいえ闇雲に自立を促すわけではない。「事業化を目指してはいますけど、『笑顔が戻るといいな』とはじめたことを忘れないようにしたいですね」と語る松ノ木さん。編み物を通じた善意と思いやり、そして女性ならではのネットワークを原動力に突き進む「ハートニットプロジェクト」ならば、その初心を忘れることはなさそうだ。

「ハートニットプロジェクト」から生み出された製品の一部。左からペットボトルホルダー、信楽バージョンの狸、アイスクリーム店のオリジナルストラップ、「そばっち」のハートニットストラップ

「ハートニットプロジェクト」から生み出された製品の一部。左からペットボトルホルダー、信楽バージョンの狸、アイスクリーム店のオリジナルストラップ、「そばっち」のハートニットストラップ

2014年5月取材