白い国の詩
2010初夏号

特 集
言葉の泉
東北に暮らす
東北七彩物語
東北のあすを創る人たち
食の文化誌
東北の技
東北へメッセージ
藝 能
 
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●「田んぼの中にトイレを」と望む女性の声が形になった、綾織地区のトイレ。農作業がはじまると開放され、掃除などは女性の会の「トイレ管理班」が担当している。
 

●会長の菊池ナヨさん。朝4時から夜11時まで何役もこなす。30分の昼寝が農村女性の力の源。
 

●控えめだけれど、ちょっとしたフォローを欠かさない昆裕子さんは、夢咲き茶屋の代表理事。
 

●ウエスタンダンスが好きな松田常子さん。肌もつやつや、遠野の食生活の豊かさが表れている。
 

●30代の細野明美さん。会の先輩が持参する山菜料理も、いつの間にかつくれるようになってきた。
 

●出身地は「イタリア」と笑う鈴木身知子さん。イタリア研修の経験は、冗談までも大きくする。
 

●『快適な田舎ぐらし あやおり食暦』をつくる際に、遠野地方に伝わる言い伝えや郷土食などを教えてもらった照井テイさん。
母親や姑から教わった知識は、今もしっかりと生きている。
立春から数えて105日までの霜に注意して野菜種や苗を植える「百五の霜」など、その知識はまさにおばあちゃんの知恵袋。
 
 
  東北に暮らす ◎岩手県遠野市

民話の里に農家の主婦の夢が咲く

土を耕し、作物を育て、伝統の食でもてなす。
そこには土地の風土を生かし、
旬のものをいただく知恵や工夫がたくさんつまっている。
すでにあるものを掘り起こすとともに
新たにつくり出していく活動を行ってきた女性の会がある。
地域を見つめる楽しみと
多くの人に必要とされる喜びを知った
凛とした農家の女性たちが、ここにいる。

●左/絣のユニホームは、自分たちで織ってつくったお手製。
●左中/遠野の昔ながらの文化を伝える曲り家。土地の持つ空気が、人にも影響を与えている。
●右中/旬の風味が香る「青豆きりせんしょ」は、ほんのり甘い。
●右/うるち米粉で小判形につくった「かねなり」は遠野名物。
 
 かすみたなびく山があり、田んぼが広がり、川が流れる遠野。のどかな光景が、民話の里らしい。ぽつりぽつりと話す語り部のような人ばかりつい想像してしまうけれど、それが思い込みだと気づいたのは、風がびゅうびゅう吹き抜ける道の駅「遠野風の丘」に着いたときだった。
 
 2間ほどのこぢんまりとした「夢咲き茶屋」に入ると、絣の作務衣と手ぬぐいを身につけた、はつらつとしたおかあさん方の笑顔に迎えられた。つややかでハリのある肌をした年配のおかあさん、くるくると好奇心いっぱいの目をした中堅どころのおかあさん、さまざまな年代のおかあさんたちが、お客さんと明るくやり取りしている。
 
 カウンターをはさんだ調理場では、おかあさん方がそれぞれ役割を受け持っている。遠野伝統の餅菓子「かねなり」をこんがりと焼いてくるみ醤油をつける人、そばの具にする野菜を切る人など、今日の当番の4人が楽しそうに立ち働いている。  ここは、遠野市綾織地区の女性たちによる郷土食の店。運営している「あやおり夢を咲かせる女性の会」は30代から70代の約30人。そのうち3分の2が他地域から嫁いできた人たちだ。岩手県内はもちろん、遠くは神奈川県の横浜からきた人もいる。それでも、店で出しているのは遠野の農産物を使ったおふくろの味や郷土菓子など、ほっとする味ばかり。みそ漬け大根を具にしたおにぎりや、五穀おにぎり。こっくりと出汁が染み込んだ野菜が、ごろんと入ったおでん。農作業の小昼におやつとして食べていたもっちりとした「きりせんしょ」は香ばしい醤油味、ほんのり甘いごま味、新作の青豆味と、どれも食べてみたくなる。旬のものを使った小鉢に、天そば、おにぎりがセットの「気まぐれランチ」は、茶屋のまかない食が定番メニューになった。
 
 採れたての素材を使い、手をかけた味に惹かれて通ってくる固定客はもちろん、初めての客も多く、平日の昼を過ぎても客足が途絶えることはない。慣れた感じで注文していたスーツ姿の女性は、「沿岸から来たので、こちらに来ると山菜が食べられるのがうれしい」と言う。きりせんしょを頼んだ40代の地元の男性にとっては、「子どもの頃から食べ慣れた味。車で移動しながら食べる」のだと持ち帰った。
 
   
●扉を開けばすぐカウンターの「夢咲き茶屋」。小さいけれど、ここから生まれる夢は大きい。   ●気まぐれランチは、冷蔵庫にあるものと、道の駅の産直野菜を見て決める、主婦ならではの技。   ●昆布や煮干し、かつお節でとった出汁が染み込んだおでん。それが、ふるさとの味になる。
 
自分たちが“いい”と思うことを正直に。
それが、農家の女性としての生き方を変えていく。
 
 多くの人に親しまれる茶屋を拠点に、農家の女性たちが副業を持ち、生き生きと暮らすきっかけになったのは、「田んぼにトイレがほしい」と声をあげた女性がいたことだった。その声をもとに、住みよくしていこうとJA婦人部、地域婦人会、生活改善グループなど、地域づくりの7団体からリーダーが集まり、定例会を重ね、田んぼのトイレが実現した。すんなりと決まったように見えるが、定例会がわずか2名での話し合いということもあった。それが少しずつ力を寄せ合い、団結していった。この会をこれから先どう進めていけばいいのか。
 
 当時から会長を務める菊池ナヨさんが会の方向性を決めるために行ったのが、文化人類学者の川喜田二郎が考案したKJ法だった。1枚のカードに一つずつ住みよくするための夢を書き、1人5枚ずつ出してもらった。このKJ法は、菊池さんが子育てをしているころ、地区センターで行われた社会教育学級で教わった方法。その書き出されたカードから、夢を咲かせる店を出したい、個々が1000万円以上の収入のある経営、新しい感覚の女性の生き方など、会の活動目標が決まった。
 
 活動は、生ゴミを堆肥にするリサイクル活動、育てた羊の毛で地域の小学生と織るタペストリー、ウエスタンダンスを習得して披露するなど、実用的なことから趣味の世界までさまざまある。けれど、中心となっているのは、農家の主婦の技と知恵を生かした「食」の取り組み。郷土食を見直し、広域の女性たちと地域色豊かな鍋料理で交流するイベントや料理講習会なども行ってきた。
 
 2008年には、女性の会15周年と夢咲き茶屋10周年を記念して、地域のお年寄りから聞いてまとめたポスター『快適な田舎ぐらし あやおり食暦』も完成した。
 
 「今まで活動してこられたのは、地域の皆さんのおかげ。何かお返ししたいと思って、お年寄りから郷土食や行事など、いろいろ聞いてつくりました。なかでも一番後世に残しておきたいのは、言い伝え、知恵袋なんです」。
 
 会員と栄養士を退職した人が聞き手となり、地域のお年寄りに聞き取りをしていった。カッコウが鳴いたら豆を蒔く、10月は仏月だから祝い事をしないなどの言い伝えや、かぼちゃと小豆を入れた「かぼちゃひっつみ」など、おふくろの味も知ることができた。
 
『遠野物語』が生まれたころの食事を聞き書き。
 百年前の食には、知恵や工夫がつまっている。
 
 今年2月には、『遠野物語』発刊100周年にちなみ100年前の食も再現した。干した大根の葉を具にしたみそ汁「干し葉汁」や、雑穀に少しの米を混ぜた三穀めしに、水でといたそば粉を入れた「そばっけもち」など。女性の会が主催する第10回北東北ナベナベサミット「岩手なべ端会議」で、その味を振る舞った。
 
 菊池さんが百年前の食を再現できると実感したのは、20歳のころ食べていた食事をたどっていけばいいと考えたからだ。80代の方が20歳のころに食べていたのが、おかあさんの味。その味は、そのまたおかあさんが子どものころから馴染んだ味に違いない。
 
 「主に80歳の人に、20歳のころ何食べたった? と聞いていきました」。
 
 お年寄りは、昔を懐かしみながらいろいろ聞かせてくれた。こんな味、あんな味、そのつくり方。話を聞き、生きた知恵を学んでいく女性の会。その女性たちの毎日は、早朝から夕暮れまでの農作業、夢咲き茶屋での販売、イベント、月1回の定例会、さらに家事と、とても忙しい。だからこそ心がけてきたのは、活動を家族に認めてもらうこと。忘年会には家族にも参加してもらい、会員はあでやかな着物姿で凛として、できる限り活動を家族に見せてきた。
 
 「ボランティア団体は、時間に余裕があって、経済的にも余裕がないと長続きしません。農作業もしないで、活動、活動では、やっぱり家の人から文句も出てくるべしね」。
 
 茶屋で使う材料はできるだけ会員から買い入れ、給料日になると会員の口座には茶屋で働いた給与が振り込まれる。それを家に入れることによって、家族に認められ、応援されるようになる。茶屋で働く松田常子さんも、その一人。
 
 「働いたお金は家業にまわすけど、自分へのごほうびもありますよ。洋服もだし、よく出かけるようになりました。楽しみがいっぱいあって。この年でウエスタンダンスもやるんですよ。あとは、孫にプレゼントだね。孫がテレビを見て聞き覚えのある曲が流れると、ばあちゃんのウエスタンだって、ちゃんと覚えていましたっけ。今やってみせますか(笑)」。
 
 おかあさんやおばあちゃんが明るく楽しそうにしていると、家族も周りの人たちも元気になっていく。
 
 「今日はお茶会だよ、と言って着物を着て出かける場面があってもいいと思うんです」と菊池さん。
 
しゃれた田舎。それこそ、会の女性たちが理想とするところでもある。農作業をするときは麦わら帽子に長靴で土にまみれて働き、茶屋に出れば化粧をしてサービスに徹する。遊ぶときは、めいっぱいおしゃれをして出かける。こうあればいいと思うことに正直であること。その毎日が、暮らし方、生き方までも変えていく。風土があって、知恵を生かし、自らの楽しみを見出す、一歩進んだ農村女性のあり方も、遠野の豊かさといえるかもしれない。
 
  ●みんなで試作して商品化した「青豆きりせんしょ」。月1回の定例会に、新メニューの調理実習、九州や仙台へのおでん研修なども取り入れ、楽しみながら開発される。
 
 
text:Miki Otani, photographs:Kenji Aizawa
 
 
 

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