白い国の詩
2010初夏号

特 集
美の魁たち
東北に暮らす
東北七彩物語
東北のあすを創る人たち
食の文化誌
東北の技
東北へメッセージ
藝 能
 
トップページへ戻る


 
言葉の泉
花より自分?
 
三山桂依
 Kei Miyama
作家・美術家。横浜市生まれ。
文筆家として「モーニング」公式サイトでWeb小説『おやすみなさい。良い夢を。』を連載中。
2002年より、ミヤケマイの名で画廊・美術館などでの個展の他、プロダクトデザイン、ウィンドーディスプレイ、本の装丁など幅広く活躍。
身近な等身大のテーマから新鮮な表現をつむぎ出す現代の絵師。2008〜9年には、奨学金を得て、パリ国立美術大学大学院に留学した。作品集に「ココでないドコか〜forget me not〜 」など。
 
 
 桜の開花前線を聞くころには寒さにも、重くて黒っぽい色の服にも、根気よく毎食食卓に上がる根菜類や白菜にも辟易している。春は全てのものが重い衣を脱ぎ捨て、蛹が脱皮して蝶になるように様変わりする。道ですれ違う人々は明るく軽い素材を着て、お膳には新タマネギ、春キャベツ、春の甘さは目だけでなく腹も満たす。行き交う全ての生き物の表情が和らぎ皆厳しい冬を生き延びた事を祝っているようで、なにはなくても暖かさを喜び合うお祭りだ。
 
 子供のころからお祭りの日に熱を出したりする損なタイプがいる。私はその手らしく春の祭典にもここ数年花粉症のおかげで開店休業である。ただでさえ「春眠暁を覚えず」な季節に薬と鼻詰まりで霞の掛かった頭はCPUが落ち、かゆみで半分ぐらいしか開かない目には折角の春景色も涙で曇って視界に入らない。マスクをして眼鏡をかけていては春めいた服装が似合うわけもなく微妙である。
 
 花粉症とは過剰に自分を守ろうとして体内に入ってくる全ての異物を敵としてみなす免疫過多が原因らしい。私はそんなに自分のことがかわいいのか?春の桜、秋の紅葉を愛でるよりちっぽけな自分の保身がそんなに大切なのかと。風流をとってしまったらただの貧乏暮らしの私なぞ、全くもって自分の免疫システムの意向に納得できないでいる。そんなに自分を守ってくれなくていいのだ、傷つくことも、病気も失敗も損も人生の妙味の内、死ぬ時は思い出しか持っていけないのだから色々あったほうが面白いと本人は思っているのにどういうことなのだろう、そんな無責任な私を見限って免疫システムが自分しか私を守る術がないと思い暴走しているのだろうか?
 
 自分の事は自分で守らないとならないという昨今、人のことはどうでもいい、自分さえ幸せなら自分さえ損しなければという近視眼的な価値観の蔓延を見聞きするにつけ、花粉症が日本の国民病になっているのは何となく腑に落ちてしまう今日この頃である。
 
 
 
 
 

トップページへ戻る ページトップへ