同社は、1986年、「サービスで世界に通用する企業を目指す」という理念のもと、海外旅行者向けの日本語アシスタンスサービスプロバイダの先駆けとして創業した。その背景には、玉上代表自身のアメリカでの生活体験が生かされている。
「言葉や文化の違いなどにより、いざという時の対応には大変苦慮しました。例えば、海外で病気になった時、日本語では病状が的確に伝わりません。また車のアクシデントに遭った際も、言葉のギャップに悩まされました。帰国してから、同じように言葉の壁に悩む海外の日本人に対し、日本語アシスタンスサービスをどのように提供できるかが、起業の原点でした。設立当時はバブル期もあって海外旅行者が増えたのと、海外資本のクレジットカード会社が日本での広告展開を強化したため、国内のクレジットカード各社も積極的に事業展開に乗り出しました。こうした時流に乗り、クレジットカード会社や損害保険会社と提携し、これら企業のお客さまが海外に出かけた際、事故処理や医療対応などをサポートする「保険関連事業」を展開し、BPO事業の経営基盤を築き上げました」。
同社が目指すBPO事業は、単に業務のアウトソースを企業から受けるのではなく、常にエンド・ユーザー(消費者)のニーズを把握し、それを十分に満たすために企業の業務プロセスまで踏み込んで課題解決に当たる点にある。こうした「保険関連事業」を始め、アメリカで生活する日本人を日本語でサポートし、ドル建てで決済ができる「プレミオカード」を提供する「金融サービス事業」。日本だけでなくアメリカとカナダ全域でも、エンド・ユーザーの車のトラブルをサポートする「自動車関連事業」。そして、顧客対応やデータ管理を行う「通販関連事業」の4つのフィールドでサービスを提供している。特に国内のロードサービスではJAFに次ぐ規模であり、全売上高の約半分を占めるまでに成長している。「私は、思いついたらすぐに実行に移すタイプ。ビジネスチャンスは、自ら拓いていかないと」。玉上代表の行動力が、新たな事業展開への原動力でもあるのだ。
整然とレイアウトされた秋田BPOセンター内部


