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川が育んだ街

●杜の都仙台

 伊達政宗公が開いた仙台は、その城下町完成時の戸数は、町屋敷が約1,400戸、侍屋敷は約8,900戸、総数約10,300戸と伝えられています。その屋敷割は最小の町人屋敷が一戸当たり150坪、並足軽が175坪で、諸侍分は知行並直高によって、360坪・420坪・510坪・600坪・900坪及び1,200坪(屋敷間数定書)といわれています。これは他の城下町に比べて広く、それぞれ十分にゆとりのある邸内には、藩のすすめと規制もあり、くまなく樹木が植えられ、とてもよく生い茂っていたといわれています。
明治5年の戸数は11,855戸あまり変化もなく、大正2年になっても旧城下時代の倍にも達しない20,477戸でした。藩政時代の屋敷の分割再編は避けられなかったものの、各屋敷の樹木はほとんど損なわれることなく、豊かに保たれていたと伝えられといわれています。山や城から街を見下ろしたとき、真っ先にこの屋敷に植えられた樹木が目に付いたことが現在の「杜の都」と呼ばれる理由のひとつでした。
 この市全体をおおうような緑を支えたのは、四ツ谷用水がもたらした豊かな水環境であったと思われます。
 杜の都と呼ばれる仙台の街は、実は水の都でもあったのです。

大橋(仙台市青葉区 川内)


仙台市内を流れる広瀬川


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