| 正保2・3年の城下絵地図をはじめ、延宝6年・寛文8・9年・安政3年など一連の「奥州仙台絵地図」および元禄16年から享保17年間の「仙台城下絵地図」には、四ツ谷用水の記入がされていなかったり、ごく一部だけが記入されていただけでした。四ツ谷用水が詳しく記入されている享保9年(1724年)の絵図をはじめ、元禄5年(1692年)の御城下町割絵図、天保15年(1844年)の御街道並木道筋図、明治8年(1875年)の宮城郡仙台町地引図などをもとにして、“かつて市内を流れた”四ッ谷流路の分布を記したものが下の図です。これによれば「北三番丁掘下流部」を除いた用水の総延長は仙台市青葉区八幡町5丁目より下流の市内部で約41km、これより上流の導入部分が約3.2kmで、合計約44kmとなります。
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現在も仙台市青葉区八幡町で見られる四ツ谷用水のなごり
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