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四ツ谷用水の役割

 この用水は、消防用水・飲料水・家庭用水・産業用水や排水路として、とても重要な水路でした。つまり四ツ谷用水は「もうひとつの広瀬川」であったと言えます。

●消防用水
 藩政時代、定火消(じょうびけし)として武家火消がありました。これは城中をはじめ、御霊屋(おたまや)・諸社寺院・御屋敷方に置かれていました。さらに冬から翌4月まで早駆けという特設消化隊も組織されていました。町奉行や群奉行・若年寄・御武頭などがその指揮に当たっていましたが、各町の町火消や大火の際には村火消もその指揮下に入って消火活動を行いました。そしてこれに対する唯一の消防用水は四ツ谷用水でした。また大火の際に四ッ谷用水だけでは不足する場合に備えて大崎八幡宮神社西側に八幡堤、半子町頭に疱瘡(ほうそう)神堤と称する大堤を常に満水にさせていたと言われています。消防用水としての四ツ谷用水は、明治・大正時代はもとより第二次世界大戦中やその戦後も有効な消防用水として、4世紀にわたりその役割を果たしたのでした。

●飲料水
 この用水が飲料水としてどの程度利用されたのかは明らかではありません。むしろこの用水の一部が表土下の段丘礫層に浸透して地下水に流れ井戸水となりました。いわば間接的な飲料水提供の役割をはたしていたと言えるのです。藩政時代の井戸の数は定かではありませんが、明治34年(1901年)には6644箇所の井戸がありました。

大正時代の仙台市北六番丁
道路の中央に水路があります



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