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もう一つの広瀬川

●仙台 街の歴史

 仙台藩祖伊達政宗は、岩出山に居城がありましたが、岩出山では領地の北にかたより過ぎる、また海にも遠いなどの理由から慶長6年(1601年)1月に青葉山に仙台城の築城を開始しました。また、青葉山のふもとに城下町をつくることを決め、その建設にとりかかりました。そして翌年2月には岩出山の士民に対し仙台へ移るよう命じました。慶長8年(1603年)8月には移徒式が行われ、城下町仙台が誕生しました。


●藩政当時の仙台

●城下町は広瀬川によってつくられた3段の河岸段丘地に展開されていました。
●段丘地の表土下には厚さ4m〜8mの段丘礫層(れきそう)が広く分布し、浅い地下水が貯蔵されるのに適していました。またこれ以下は基盤岩をなし強固な地盤を形成していました。
●城下町の大部分は南東方向に大きく傾斜し、水路などを設置するのに良い条件がそろっていました。
●小高い段丘城下町は、広瀬川の洪水や大津波の脅威から免れることができたなど、都市形成上から見ても幾つもの優れた条件を備えていたと言えました。
●城下町を流れる広瀬川は高い崖を作り、ここから直接城下の消火用水や生活用水に利用することは難しく、水を得るにはきわめて不利な条件にありました。
●一方、城下町の北を流れる梅田川は流れる水の量が少なく、その下流にある広大な平野を開発するためには新たな水源を必要としていました。このため広瀬川をさかのぼり、郷六村(現青葉区郷六)から導入されたのが「四ツ谷用水」でした。

図1 台原 - 米ヶ袋
(ほぼ南北)


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