◎現地からのメッセージ

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やじるし

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宇宙船をイメージした石ノ森萬画館の外観。「宇宙船がニューヨークのマンハッタンと地形が似ている石巻市に間違えて着陸した」というコンセプトに基づいてつくられた

宇宙船をイメージした石ノ森萬画館の外観。「宇宙船がニューヨークのマンハッタンと地形が似ている石巻市に間違えて着陸した」というコンセプトに基づいてつくられた

1つずつ、できることから進めていく

  • 株式会社 街づくりまんぼう
  • 課長 大森 盛太郎(おおもり・せいたろう)氏

石ノ森萬画館の再開は、被災地における明るいニュースとして広く報じられた。同館を運営するのは株式会社 街づくりまんぼうだ。仮設商店街「石巻まちなか復興マルシェ」も手がけるスタッフたちは、一帯を「人が行き交うにぎやかな場所」とするために、今日も駆け回っている。

石ノ森萬画館の再開が起爆剤に

街づくりまんぼうの大森盛太郎さん。地震のあとスタッフを避難させ、館内の防火管理責任者として石ノ森萬画館に残り津波に遭遇。内海橋に取り残された市民40人を館内に招き入れ、食べ物を分け合いながら5日間生活した

街づくりまんぼうの大森盛太郎さん。地震のあとスタッフを避難させ、館内の防火管理責任者として石ノ森萬画館に残り津波に遭遇。内海橋に取り残された市民40人を館内に招き入れ、食べ物を分け合いながら5日間生活した

2012年11月17日、石ノ森萬画館が再オープンした。

石ノ森萬画館は、漫画家として、さらに仮面ライダーシリーズなど特撮作品の原作者としても活躍した故・石ノ森章太郎さんのミュージアムだ。貴重な原画や資料などを所蔵・展示しているが、旧北上川河口部の中洲(注1)にあるため、東日本大震災では6〜7mの津波を受けた。設計時に遡上高8mを想定していたので倒壊・流出といった最悪の事態は免れたもののダメージは大きく、1年8か月ほど休館していた。

いったん再開はしたが、2013年2月12日から常設展示室の工事のため再び閉じる。そして、3月23日にリニューアルオープンすることが決まっている。

このように二段構えで開館するのは、理由があった。

「いつまでも休んでいられなかったのです」。そう語るのは株式会社 街づくりまんぼうの大森盛太郎さんだ。

街づくりまんぼうは、2001年に事業実施型TMO(注2)を担う組織として設立された第三セクターだ。「まんぼう」とは変わった名前だが、石ノ森さんが提唱した「萬画(あらゆる事を表現出来る無限の可能性を持つメディア)」で「冒険、未来へ望みをつなごう」という意味が込められている。

JR東日本とタイアップして石ノ森さんのキャラクターが描かれたラッピング車両を運行。またキャラクターのモニュメントを商店街に設置するなど、萬画を活かした冒険的なまちづくりで中心市街地の活性化に取り組んできた。街づくりまんぼうは石ノ森萬画館の指定管理者でもある。

大森さんは「本来は完璧にしてから開館すべきでしょうけれど、復興がなかなか進まないので目に見える変化がほしかったのです」と言葉を継ぐ。石ノ森萬画館が再オープンすることで、少しずつでも前進しているという実感を人々に与えたかったのだ。

実際に再開が決まると、石ノ森萬画館の目の前にある内海橋の歩道がつくり直され、子どもが落ちないようにと壊れていた護岸も修復された。「少しでも街が元気になれば」(大森さん)との思いが、当初は予定のなかった施策を引き出すことに成功した。

(注1)地名は中瀬
(注2)TMO=タウンマネージメント機関(Town Management Organization)。中心市街地の活性化を地域一体となって進めるための運営・管理組織

仮設商店街でにぎわいを取り戻す

「石巻まちなか復興マルシェ」は定期的にイベントを実施。人が気軽に集まるにぎやかな場所となりつつある

「石巻まちなか復興マルシェ」は定期的にイベントを実施。人が気軽に集まるにぎやかな場所となりつつある

石ノ森萬画館の西側、旧北上川を越えた場所には、仮設商店街がある。2012年6月9日にオープンした「石巻まちなか復興マルシェ」だ。こちらも街づくりまんぼうが企画・運営を担う。

もとはデパートの跡地で、震災前は更地になっていた。石巻市と街づくりまんぼうが利用方法を検討していた最中に震災が起きた。

ここはかつて荷を積み替えた船着場で、石巻市が県下第二の都市に発展する礎となった場所でもある。ところが震災後は人々が海岸に寄りつかない。街づくりまんぼうは「歴史的な場所だからこそ、人が集まるスペースにして、次の世代につないでいこう」(大森さん)と考え、気軽に立ち寄れる、景観のよい親水スペースをつくり上げた。

今はマルシェ(市場)の名のとおり、かわいらしい外観の建物が並び、飲食店と物産店、合わせて6店が営業中だ。経営している人たちは被災を受けた石巻市民である。

街づくりまんぼうは、石ノ森萬画館と石巻まちなか復興マルシェを核として、新たな人の流れをつくろうとしている。このところ、石ノ森萬画館には修学旅行の問い合わせが相次いでいる。マルシェではにぎわいのためのイベントを定期的に実施しており、近ごろはシニアの団体旅行客が多く立ち寄るようになった。

「被災地見学ツアーのコースに組み込まれているようです。私たちも旅行代理店へのアプローチをはじめています」と大森さんは言う。

また、至近には2012年11月1日にオープンした石巻日日新聞社の「石巻NEWSée(いしのまきニューゼ)」がある。同社が震災後に発行し続けた「手書きの壁新聞」の原本が展示されているほか、石巻市のかつての街並みと人々の姿を収めたパネルも並ぶ。

萬画館、マルシェ、石巻NEWSéeといった点と点を結んで線にすることで、人が行き交うにぎやかな街を取り戻す。「それが私たちの役割です」と大森さんは言いきった。

見えるものも、見えないものも

再開した石ノ森萬画館の受付では、『サイボーグ009』のコスチュームをまとった女性が笑顔で出迎えてくれる

再開した石ノ森萬画館の受付では、『サイボーグ009』のコスチュームをまとった女性が笑顔で出迎えてくれる

とはいえ、事態は流動的だ。被災地の多くがそうであるように、石巻市の復興計画も未確定な部分が多い。たとえば、石ノ森萬画館を含む旧北上川沿いは災害危険区域に指定されていて、新たに建物を建てることはできない。4.5mの堤防がつくられる計画もある。石巻まちなか復興マルシェは仮設商店街なので期限は2年間と定められている。

そのようななかでも、大森さんをはじめとする街づくりまんぼうのスタッフは、日々刻々と変わる状況を追いかけて、自分たちでできること、やりたいこと、アイディアを積極的に行政へ伝えている。

ただし、街づくりまんぼうだけが奮闘しているわけではない。復興支援にボランティアとして関わり、そのまま石巻に移り住んだ人たちがいる。「今までの石巻にはなかったバックグラウンドを持った20代、30代の若い人がたくさんいます。この街が変わるための大切な要素となるはずです」と大森さんも期待を寄せる。

たとえば、一般社団法人 みらいサポート石巻は、イベント開催のサポートや勉強会の運営などでまちづくりに積極的に関わっている。多彩な職能を持つ専門家が集まる一般社団法人 ISHINOMAKI 2.0は「復興民泊」などを実施。また石巻に携わった人、思いのある人に向けた地域交流サイト「巻.com」(マキコム)を2013年2月から本格稼動した。これは「それぞれの生活に戻った人たちと石巻をつなげたい」との思いから、みらいサポート石巻やISHINOMAKI 2.0、街づくりまんぼうなどをはじめとする石巻を拠点とする市民団体が共同で立ち上げたものである。

「難しい問題は多いですが、とにかくできることを1つひとつやっていきます」と大森さんは前を向く。

石ノ森萬画館、石巻まちなか復興マルシェといった目に見える復興だけでなく、人と人の化学反応から生まれる目に見えないつながりもつくろうとしている街づくりまんぼう。「希望をもって冒険する」その取り組みは、近い将来きっと実を結ぶ。

2013年2月取材