クリエイティブディレクター・佐藤可士和氏デザインのTAIYOと名付けられたモダンなじゅうたん
(写真提供:オリエンタルカーペット株式会社)

日本人の美意識を織り交ぜて、進化を遂げる「山形緞通」

[山形県-山辺町] ‐ 手織りと職人技の奥義を窮めた、“日本のじゅうたん”

 山形市西部に隣接する山辺町。江戸時代から染色と織物の町として発達してきた歴史があります。昭和に入り、金融恐慌や1933年に東北地方を襲った冷害凶作などで疲弊したこの地域の再生・振興と女性の雇用確保のため立ち上がったのが、オリエンタルカーペット株式会社の創業者・渡辺順之助氏でした。渡辺氏は、1935年、中国から緞通(だんつう)技術者を招き、高級手織りじゅうたんの製造を始めます。
 やがて、その品質と芸術性が高く評価され、皇居新宮殿、吹上御所、国会議事堂、バチカン宮殿、東京都庁、帝国ホテル、歌舞伎座など、名だたる施設で利用されるようになります。
 同社の5代目で代表取締役社長の渡辺博明さんに、技術と品質で美を紡いでこられたじゅうたんづくりについて、お話をお聞きしました。

「山形緞通」に込めた思い

 「緞通とは、中国伝来の手織りじゅうたんの最高峰の技術でつくられた製品のことです。緞通づくりといえば、国内では元禄年間の鍋島に始まり、堺、赤穂と続き、歴史も古く有名ですが、弊社は昭和に入って直接中国から技術者を招いてのスタートでしたから、ずっと遅い創業でした」
 社長の渡辺博明さんは、東京の大学を卒業後、山形のテレビ局勤務を経て、2006年から5代目社長に就任。それまでオーダーメイド中心だった営業形態に加え、個人ユース向けの「山形緞通」ブランドを2013年に立ち上げます。
 山辺に根付いている染色や織物の技術といった地域特性を生かし、生地糸の原料となる羊毛の選定・ブレンドなどの糸づくりから、染め、織りまで、すべて一貫生産で高品質なじゅうたんをつくり続けてきたオリエンタルカーペットの新たな挑戦でした。

渡辺博明さん

渡辺博明さん

創業者が自らデザインしたというオリエンタルカーペットの社屋

創業者が自らデザインしたという
オリエンタルカーペットの社屋

 「もっと緞通の良さをより多くの方に知っていただきたいということが狙いです。地域の名前が入っていたほうがわかりやすくインパクトがあったためか、『山形緞通』のブランド名は、幸いにも、すぐ浸透しました」
 現在、「自然」をモチーフにした「山形緞通」のなかでも「デザイナーライン」が好評とのこと。山形市出身の工業デザイナー・奥山清行さんをはじめ、建築家の隈研吾さん、クリエイティブディレクターの佐藤可士和さん、日本画家の千住博さんといった、名だたるアーティストが名を連ね、彼らがデザインした緞通を独自の技術で製造し、個人のユーザー向けに販売しています。
 「超一流アーティストとのコラボレーションを通し、新しい価値創造と自社の技術力の向上にもつながっている」と渡辺さんは言います。

工場内にある「デザイナーライン」の製品コーナー

工場内にある「デザイナーライン」の製品コーナー

色調ごとに棚に並べられ、出番を待つ染色済みの毛糸

色調ごとに棚に並べられ、出番を待つ染色済みの毛糸

【山形緞通の種類】

唯一無二の加工技術「マーセライズ」

 約3千年前、中央アジアで誕生したパイル織のじゅうたんが日本へ伝来したのは、室町時代以降のことといわれています。そして、17世紀末の元禄年間に佐賀の鍋島で、国内で初めてじゅうたんの製造が開始されます。これが「鍋島緞通」です。その後、大阪の「堺緞通」、兵庫の「赤穂緞通」と新たな産地が形成されてきました。
 オリエンタルカーペットは、金融恐慌や冷害凶作が続いた昭和初期、地域の農村の女性たちの雇用機会を創出するため、渡辺順之助氏が1934年に創業した「ニッポン絨毯製造所」を源とする企業です。翌年、中国から7人の緞通技術者を招き、手織り絨毯の技術を導入します。
 江戸時代から染色と織物の町として栄えた山辺町の歴史を背景に、日本人の繊細な美意識を生かした色柄の手織りじゅうたんは、高い評価を受け、戦前は日本銀行、戦中は戦艦大和の長官室に採用されたほどでした。
 こうして、職人の高い手織技術による「山形緞通」は、日本の素足の生活様式に合わせたじゅうたんづくりを目指し、独自の技術革新を進めてきました。
 同社を支える独自技術のなかでも特筆すべきは、1945年頃に独自開発した「マーセライズ」と呼ばれる加工法です。アルカリ性の化学溶液に織り上がったばかりのじゅうたんを浸し、表面をブラシで磨きあげることで、長年使い込んだような味わいとともに、“陶器のような光沢”と“絹のようになめらかな肌触り”を生み出す技術です。
 「マーセライズ加工」は、綿布や綿糸のシルキー加工法としては、服飾の世界では古くから使われている技術ですが、同社の常務取締役・国井浩嘉さんによると、「じゅうたんでこの作業を行うには、優れた染色と素材のものでないと耐えられないため、日本ではわが社だけが施せる唯一無二の技術です」と自信をのぞかせます。
 まさに、手織りと職人技の奥義を窮めた、素足に優しい“日本のじゅうたん”と言えます。

国井浩嘉さん

国井浩嘉さん

【じゅうたんづくりの工程】

驚きと感動を提供できるようなものづくり

 「弊社では、じゅうたん製造のほか、文化財の復元新調や毛糸で絵を織り上げる織画、そして緞帳の製作も行っています。こちらは、2019年度に完成する山形県総合文化芸術館・大ホールの本緞帳の図案です。紅花がモチーフで、デザインは奥山清行さんです。サイズは幅22メートル、高さ13メートルあり、弊社が手がけてきたなかでは、過去最大スケールの緞帳です」と常務の国井さん。
 微妙なグラデーションを再現するための染色やさまざまな色の配置を考え、設計図を原寸で作成するといいます。

奥山清行さんによる緞帳のデザイン画をもとに糸の色合わせを行います

奥山清行さんによる緞帳のデザイン画をもとに糸の色合わせを行います

 渡辺社長に、これからの展望について伺いました。
 「ベテランの職人さんたちは、自分たちの持てる技術を若い人に伝えなくてはいけないと思っていますし、とても意欲的です。今がちょうど技術継承の時期になっています。山形のものづくりは、非常にレベルが高く、天童木工さんや佐藤繊維さんをはじめ、世界に誇れる冠たるものづくり文化が根付いていますから、連携しながらその素晴らしさを世界に伝えていきたいですね。じゅうたんの市場としては、シンガポールや台湾などのアジア圏、そしてヨーロッパ圏が有望と考えています。弊社の場合、その国に合わせたデザインをするのではなく、そのまま持っていきたいと思っています。日本人の美意識に裏打ちされた、うちのオリジナルラインで、どれだけ共感を得られるか、という発想です。そうしましたら、ドイツ、台湾では、『KOKE』と『UMI』などは、『見たことがない』と言っていただき、反応は上々でした」
 山形緞通には、創業時代からの職人の技術と思いが込められていると渡辺社長は言います。そして、「これからもさまざまな空間の中に溶け込む製品づくりを目指して、驚きと感動を提供できるようなものづくりに専念していきたいと考えています」と結んでくださいました。

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