『注文の多い料理店』の初版本や宮澤賢治の直筆原稿などを展示している<マヂエル館>

宮澤賢治と光原社

[岩手県-盛岡市]

 宮澤賢治の童話集『注文の多い料理店』を出版したことで知られる盛岡市の〈光原社〉。1933年、賢治が37歳の若さでこの世を去った頃から、光原社は民芸品の製造・仕入れ・販売の店舗として歩みを重ねてきました。
 賢治ゆかりの場所として、また民芸店の草分けとして、レトロな店舗の佇まいの魅力も相まって、〈光原社〉は全国から多くの賢治ファンや民芸愛好家が訪れる人気スポットとなっています。そんな賢治の言う「イーハトーブ(理想郷)」を感じさせる光原社を訪ねました。

賢治との関わり

 〈光原社〉の創業者は、盛岡高等農林学校で宮澤賢治の1年後輩だった及川四郎氏です。卒業後、及川氏は盛岡市内に東北農業薬剤研究所を設立し、農薬の製造販売や農業教科書の出版を始めます。やがて花巻農学校で教師をしていた賢治から膨大な童話の原稿を預かることとなり、これが『注文の多い料理店』出版のきっかけとなりました。

光原社の名付け親は賢治

 光原社という名称は『注文の多い料理店』の出版に際し賢治が名付けたものでした。この本の奥付の発行所は「東京光原社」と記載されています。及川氏が賢治に社名としてなにか良いものをと頼んだところ、数日後、5つの候補案を持ってきて、その中から及川氏が「光原社」を選び決定したのでした。
 しかし、及川氏が莫大な印刷費を工面するなど、苦心して出版にこぎつけた初版1,000部(推定)はほとんど売れず、当時、話題にもならなかったといいます。
 ちなみに、数多くの名作を生み出した賢治ですが、生前出版された賢治の著作は『春と修羅』と『注文の多い料理店』の2点のみで、いずれも1924年の出版です。

「イーハトブ童話『注文の多い料理店』出版の想い出」と題された及川四郎氏の原稿

(写真左)「イーハトブ童話『注文の多い料理店』出版の想い出」と題された及川四郎氏の原稿
(写真右)『注文の多い料理店』初版
(いずれもマヂエル館所蔵)

別世界が広がる中庭

 盛岡駅から北東方向へ10分ほど歩くと、落ち着いた街並みが魅力の材木町商店街にたどり着きます。その通り沿いの中ほどにある〈光原社〉。建物の左脇通路をくぐり抜けると、木々の緑と白壁の建物のコンラストが美しい中庭が広がります。まるで別世界に入り込んだような気分です。
 左手に『注文の多い料理店』の初版本や賢治の直筆原稿などの関係資料を展示する〈マヂエル館〉と右手にコーヒーショップ〈可否館〉があります。日常の喧騒を離れて、リラックスできそうなしつらえです。
 〈マヂエル館〉は長らく店舗として使用されていましたが、秋山正さんの設計で〈賢治に捧ぐ 柚木沙弥郎 新マヂエル館〉として平成18年4月2日に再生。館内には染色工芸作家の柚木氏による賢治をモチーフにした型絵染も展示されています。

〈光原社本店〉

〈光原社本店〉

〈マヂエル館〉

〈マヂエル館〉

〈マヂエル館〉と喫茶〈可否館〉の間を通り抜け、さらにその奥の中庭左手には「宮沢賢治 イーハトーヴ童話 注文の多い料理店 出版の地」と刻まれた碑があります。 さらに、賢治の顔のレリーフがはめ込まれた石碑と右脇に〈マヂエル館〉の名前の由来ともなった『烏の北斗七星』の一節を刻んだ石柱があります。

奥にある中庭

奥にある中庭

賢治の顔のレリーフ

賢治の顔のレリーフ

〈マヂエル館〉の名前の由来

 賢治の童話『烏の北斗七星』に出てくる星の名「マヂエル」にちなんで命名されています。 1924年に光原社から出版された童話集『注文の多い料理店』には9編の童話が収められており、『烏の北斗七星』はその中の1編で、カラスの義勇艦隊と山ガラスの戦争という構図のフィクションです。
 戦う理由が分からないまま戦争に巻き込まれていく個人の姿を描き出した傑作。 カラスの大尉がマヂエルに願う「ああ、マヂエル様、どうか憎むことのできない敵を殺さないでいいように早くこの世界がなりますように、そのためならば、わたくしのからだなどは、何べん引き裂かれてもかまいません」という一節が、光原社中庭の石柱に刻まれています。

奥にある中庭
賢治の顔のレリーフ

〈マヂエル館〉入り口と内部。展示室右手の「光原社」と彫られた看板は棟方志功の手によるもの

時代と共に変わり続ける空間

 宮澤賢治は1933年に他界します。 その頃及川四郎氏は、民芸運動を起こした柳宗悦氏の著作を読み、東京駒場に柳氏を訪ね、大きな影響を受けたといいます。 また、南部鉄器作家・高橋萬治や版画家の棟方志功らと出会いもあり、南部鉄器や漆器の生産・販売を開始しました。 徐々に全国の民芸品や輸入工芸品を扱うセレクトショップへと変遷を遂げていったのです。
 現在、盛岡の〈光原社〉は自社工房で製造する漆器や全国の焼き物、松本の家具やハンス・ウエグナーの家具などを扱う〈光原社本店〉と岩手や東北地方の物産を紹介する〈モーリオ〉、〈マヂエル館〉、喫茶〈可否館〉などの建物からなる複合施設となっています。

〈可否館〉でくつろぐ

 喫茶〈可否館〉は3代目の及川隆二氏が1972年に開業した店舗です。床はかつてここにあった盛岡銀行のレンガを模したものです。
 40年余りの歳月を経た店内に入ると、ステンドグラスや使い込まれた家具や調度品に囲まれた空間が心地よく感じられます。
 創業者が宮澤賢治と語り合ったであろうイーハトーブの世界に思いを馳せ、コーヒーや紅茶でくつろぎながらいただく「くるみクッキー」の味はまた格別です。

〈可否館〉入り口

〈可否館〉入り口

店内から見るステンドグラスがきれいです

店内から見るステンドグラスがきれいです

〈可否館〉でコーヒーと共にくるみクッキーをいただく

〈可否館〉でコーヒーと共にくるみクッキーをいただく
店内で使用されているカップやソーサー類は店頭で販売されています

受け継がれる確かな目

 希代の目利きとして生きた創業者の及川四郎氏は1974年に79歳で他界していますが、〈光原社〉が構築してきたそのスタイルは、最近よく耳にする「ライフスタイルショップ」の先駆けともいえそうです。
 ここは店舗の商品だけでなく、建物や歴史が積み上げてきた佇まいを、時間をかけてゆっくり楽しめる場所。
 そして、賢治と共に青春時代を過ごした創業者の思いと、今に受け継がれる確かな眼でつくり手の感性をしっかり見つめる人たちと出会える場所でもあるのです。

ライフスタイルショップとは

 特定の視点から、衣・食・住に関するさまざま商品や情報を収集・選別し、生活スタイルを丸ごと提案するコンセプトのショップのこと。 セレクトショップよりずっと幅広いカテゴリーのアイテムを取り入れている点や全体の世界観を重視している点が特徴です。 大手企業のプロデュースによるものから目利きの店主が経営するショップなど、独自の世界観で個性あれるライフスタイルショップが首都圏を中心に広がりをみせています。

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