(写真左)奥深い美しさのある模様が津軽塗の魅力/(写真右)紅葉をモチーフにした作品

先人の手技と心意気を昇華させる現代に生きる津軽塗

[青森県-弘前市] ‐ 磨き続けた技と感性で生み出す、唯一無二の作品世界

 丈夫さと、手になじむ温かさ、奥深い美しさをたたえた模様が魅力の津軽塗。青森県弘前市を中心に製作・販売されている伝統的工芸品です。漆を塗っては研ぎ塗っては研ぎを繰り返し、手間ひまかけて作られる漆器は、高い芸術性と日用品としての機能を兼ね備え、使う人に寄り添います。
 津軽塗の職人は、現在100人ほど。先人の技を伝え、自らの手で進化させたいと、日々それぞれ工夫を凝らした作品づくりに取り組んでいます。
 その中の一人、木村漆工房の5代目塗師、木村正人さんに、津軽塗の魅力やつくり手の思いなどを伺いました。

漆職人を志したのは、幼稚園児の頃

 「幼稚園児の頃から、漆の仕事がしたいと思っていました」
 代々続く津軽塗の職人の家に生まれた木村さんは、幼い頃から、祖父とその弟子たちが仕事場で作業する様子を間近に見ていました。その時、木村さんが興味を持っていたのは、漆をかき混ぜたり塗ったりする動作。祖父の目を盗んでは、道具をいじって遊んでいたと笑います。また父・正男さんの仕事場にも弟子が通って来るようになり、楽しそうな表情で作業していた姿が印象的で「これが仕事になっているのだとしたら、こんないいことはないと思いましたね」と、木村さんは当時を振り返ります。
 本格的な修行は高校卒業後。2年間は父に教えを請い、その後3年間は漆芸の基礎技術を修得するため石川県の輪島漆芸研修所へ。弘前へ戻ってからは、再び父のもとで津軽塗の修行に励みました。

津軽塗を生み出す道具たち

津軽塗を生み出す道具たち

【津軽塗の歴史】

“いきもの”である漆と向き合う難しさ

 子どもの頃に抱いた漆への興味は、修行を重ねて、さらに深まっていると木村さんは言います。
 「ひと通りの作業を覚えると、いろんな思いを込めて模様をつくることができます。最初から最後まで、全ての工程を自分で完結させられるのも面白いです」
 修行を始めてから30数年。「ひと通りの作業」ができるようになるまで、何年ぐらいかかったか尋ねると、木村さんは「なんとなく漆がコントロールできているかなと思えるようになったのは…」と少し考えた後、「最近かな?」と、こちらが予想していなかった答えを返してきました。
 「漆は樹液ですから、“いきもの”ですよね。早く乾く漆もあれば、ゆっくり乾く漆もある。産地によっても違うし、20年前の漆なのか、10年前の漆なのか、去年採ったばかりの新鮮な漆なのかでも変わってきます。その日の温度や湿度にも影響されるので、同じ色を塗ったとしても、昨日と今日では違う色に仕上がるのです」
 それぞれの漆の性質を把握し、天気を見ながら、イメージ通りの仕上がりになるよう漆を調合できるようになるには、「経験値を高めていくしかない」と、木村さんは言います。
 「漆を思うように扱えるようになるまで、なんで今までかかったのかというと、東北は春夏秋冬がはっきりしているからです。それぞれのシーズンに合わせた乾かし方を覚えるには、10年や20年では足りません」
 笑顔を絶やさず話す木村さんですが、発せられる言葉には、職人として真摯に歩んできた姿が映し出されます。

様々な色の漆が入った小皿。職人として一人前といえるのは、漆をコントロールできるようになってから

様々な色の漆が入った小皿。職人として一人前といえるのは、
漆をコントロールできるようになってから

製作途中の名刺入れ。何重にも塗り重ねた漆を平滑に研ぎ出して模様を表す「研ぎ出し変わり塗り」という技法が津軽塗の特徴です。下が完成した名刺入れ

製作途中の名刺入れ。何重にも塗り重ねた漆を平滑に研ぎ出して模様を表す
「研ぎ出し変わり塗り」という技法が津軽塗の特徴です。
下が完成した名刺入れ

(写真提供:木村漆工房)

温度や湿度は漆の乾き方に大きな影響を与える

津軽の自然を作品に投影する

 木村さんは、職人仲間に誘われたのをきっかけに、7年ほど前から自ら漆掻きも行っています。「朝5時ぐらいに起きて、岩木山の麓で3〜4時間漆を掻いて、戻ってきてから朝ごはんです。もともとアウトドアが好きなので、山は楽しいですね」と、にこやか。漆掻きをするのは6月上旬から9月末ぐらいまでで、3〜4日に1回のペースで山に入ります。この作業は、作品の発想を得る上でも、大きな意味を持っています。
 山で感じる夏の日差し、秋の紅葉や落ち葉、早朝の澄み切った空気。「自分が体感した弘前の自然、目に飛び込んできた一瞬の風景を、津軽塗のテクニックで表現したらどうなるんだろう。そんな好奇心が、作品に入っています」と木村さんは語ります。
 2016(平成28)年の第56回東日本伝統工芸展で岩手県知事賞に輝いた変塗箱「ミルフィーユ」は、ホールケーキのような形の箱に、硬質感のある配色を施した作品。
 「初霜の降りる頃の、冷たくて透き通った空気の感じと、晴れ渡る青空。そういうのを表現してみたいと思いました」
 研ぎ澄まされた感性が、津軽の風土を具現化します。

第56回東日本伝統工芸展で岩手県知事賞を受賞した木村さんの作品、変塗箱「ミルフィーユ」

第56回東日本伝統工芸展で岩手県知事賞を受賞した木村さんの作品、変塗箱「ミルフィーユ」

津軽の森を思わせる深い緑が印象的

津軽の森を思わせる深い緑が印象的

使い込むほどに増す、漆の味わい

 首都圏をはじめ全国各地の百貨店で開催される職人展には、年5回ぐらい出展しているという木村さん。開催場所へ向かう交通手段は自家用車で、遠くは九州まで陸路で移動します。
 「行き来のドライブが楽しみ。津軽では見られない景色と出会ったり、行く先々の名物料理を味わったりできますから。2〜3カ月に1回のペースなので、ちょうどいいリフレッシュになるんです」
 もちろん、いちばんの目的は、職人展に足を運んでくれたお客さまと交流し、津軽塗のファンを増やすことです。漆器は焼き物やグラスと違い、欠けたり、割れたり、ひびが入ったりしても直すことができるので、一つの器を通じて、お客さまと長いお付き合いになることも珍しくありません。
 「修理で持ち込まれる塗物を見ると、どれだけ大事に使ってくれているのか分かります。たまに、親父が作ったものが修理で戻ってきたりするんですが、『あ〜、こんなことをやっていたのか』と、思わぬ発見がありますね」
 こうして自分の仕事が後世へと伝えられていくのは、職人冥利に尽きる一方で、プレッシャーでもあります。「だから、いつも完璧を目指して、後悔しないよう一つひとつの仕事をやり切るようにしています。それでも、何かしら反省点が出てきます。自分では絶対に100点満点をつけられないですね」と、厳しく自己評価し、成長の糧としています。
 津軽塗を手にしたら、できるだけ長く使い、経年変化を楽しんでほしいと木村さんは話します。
 「漆の色合いは月日をかけて明るさを増し、やがて、本来のトーンに落ち着きます。これは、天然漆の宿命です。そのために、普段使いに耐えられるよう丈夫に作っています」
 力強い言葉に、職人の誇りがみなぎります

【津軽塗の技法】

「じょっぱり」気質が技を磨く

 漆を何度も重ね塗りし、模様を研ぎ出すのが、津軽塗の特徴です。美しい模様が現れるようにするために重要なのは、模様をつける前のベースづくりだと木村さんは強調します。
 「平面なところは平面に、曲面は歪みのない曲面に。これができていないと、いくら手のこんだ模様を施しても美しい光沢感が得られず、すべてが台無しになってしまいます」
 確かな技術があってこそ成立する独特の意匠は、多くの人を引きつけてきました。「津軽塗には唐塗など4つの代表的な技法がありますが、これだけではありません。そもそも、津軽塗の面白さは、それぞれの職人が工夫してつくり上げてきた模様のバリエーションにありました」と木村さん。江戸後期から明治前期にかけて作られた「津軽漆塗手板」は、現在のカタログのようなもので、手板の種類は514枚にも上ります。「色粉が黒、赤、黄、緑ぐらいしかなかった江戸時代、試行錯誤して豊かな色彩や模様を生み出してきた当時の職人の情熱とエネルギーには驚かされます」と感嘆します。
 木村さんは、「今まで見たことのない、自分しかできない津軽塗をやりたい。こういう津軽塗もあるんだよというアピールができたらいいですね」と、思いを口にします。この気持ちは、漆塗りの職人になろうと決意した子供時代から全く変わっていないといいます。津軽人の気質を表す「じょっぱり」という方言が、一途に前へと突き進むその姿と重なりました。

個性的な模様を並べると、まるでタペストリーのようです

個性的な模様を並べると、まるでタペストリーのようです

個性的な模様を並べると、まるでタペストリーのようです

少しでも形に歪みがあると、それにつられて模様が崩れてしまい、
美しい仕上がりにならないといいます。目で見て、手の感覚だけで、
平らは平らに、曲線は美しい曲線に仕上げます

個性的な模様を並べると、まるでタペストリーのようです

漆の色遣いに個性が見える

【津軽塗の手入れの仕方】

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